ビナンカズラ (美男葛)

花ライフコーディネーター 宮川 直子

会報誌「大阪販売士」第119号掲載(2010.10.1発刊)

ある年の晩秋、訪れた奈良は紅葉が静かにすすみ全体に落ち着いた色合いをみせていた。春日大社の神苑、萬葉植物園で非常に美しい実に出会い思わずシャッターをきった。赤い実とやや厚めの濃い緑色の葉が、どちらもツヤツヤと木漏れ日に輝き、そのコントラストのすばらしいこと!

名札には「ビナンカズラ」とあったが日本名は「サネカズラ(実葛)」、「実(サネ)」が美しい蔓(カズラ、つる性植物)の意味。学名は「Kadsura japonica」日本を代表するカズラといってもよい。以前はモクセイ科に分類されていたが、ごく最近マツブサ科に独立したとのこと。

花は地味でクリーム色、直径1.5㎝ほど。夏に葉のつけ根から下垂して咲く。一方10~11月頃の赤い実は目立ち、形もユニークである。まるで和菓子の鹿の子餅のようだ。直径5~7㎜の丸い実が幾つもくっつきピンポン玉くらいの大きさになる。とってもおいしそうに見えるが、食用には適さず薬用として利用する。熟したものを乾燥して利用。漢方では「南五味子(ナンゴミシ)」と呼び煎服する。滋養強壮、咳止めなどに効くとされる。果実酒にもする。

又、蔓(つる)は刻んで水に浸けて置くと粘質になる。それを男性が整髪や洗髪に利用したのが、別名「美男葛」の由来。実際には男女ともに用いたらしく「ビンツケカズラ」や「ビジンソウ」の名もある。

さらにこの粘液は紙漉きの糊としても使われ、出雲では「トロロカズラ」、土佐では「フノリカズラ」との方言名もある。奈良時代に始まったといわれる紙の「流漉(ながしずき)」では「漉き糊」は必需品。地元のさまざまな植物が利用された。現在の和紙作りの糊料は「トロロアオイ」が多いそうだが、その頃は他に「ノリウツギ」「トネリコ」「ハルニレ」等も用いられた。特に「サネカズラ」は最も早い時期から利用されていたようである。

この有用植物は関東地方以西の山野に自生する。里近くに多いこともあり古くから馴染み深いせいか、万葉集や百人一首にもよく歌われている。

『さね葛 のちも逢わんと 夢のみに うけひわたりて年は経につつ』柿本人麻呂(万葉集)

「さね葛」は「逢う」「遠い、長い」にかかる枕詞。樹勢が旺盛でよく蔓を伸ばす。同じ株の蔓が先の方で再び出会って絡まることに思いを重ねている。

常緑つる性木本だが、冬に落葉はしないが葉が鮮やかに赤くなることがある。これは冬にそなえて葉茎が凍りにくいように、植物自身が成分調整をしているのだそうだ。葉には紅色の色素アントシアニンが特に多いためだという。葉裏は灰緑色だがしばしば赤味を帯びた斑点がみられ、これがサネカズラの特徴のひとつにもなっている。

街中ではまだ少ないが、この蔓を利用して垣根や棚仕立て、壁面緑化にともっと楽しみたいものである。園芸種には、実が淡紅色の「ウルミサネカズラ」や白い「シロミサネカズラ」もある。

京都府立植物園では「宿根草園」の棚に多く巻きついているとのこと。今年の晩秋は久々に赤い実に逢いに出かけてみよう。