アセビ(馬酔木)

会報誌「大阪販売士」第129号(2015.1.1発刊)より転載
2025/2/10:Web掲載にあたり一部改変

花ライフコーディネーター 宮川 直子

「我が背子に 我が恋ふらくは 奥山の 馬酔木(あせび)の花の 今盛りなり」 (万葉集)

 これは、心の奥で密かに思い焦がれているのを、花の盛りの「馬酔木 アシビ」とともに読んだもの。

 この花は2月末から4月頃まで咲き、桜の季節と重なる。目を奪われ心浮き立つような桜に比べ、清楚な白い小さな花は、遠目には目立たない。しかし、最盛の頃には 房状になり木からあふれ出るようにいっぱいに花をつける。ひとつひとつの花は、スズランの花が口をすぼめたような壺形でかわいい。

 長さ6~8㎜、先は浅く5裂している。

 万葉集の中には馬酔木の歌は10首あり、どれも花の美しさを詠っている。日本原産で、本州中部地方以西、四国、九州のやや乾燥した山地に自生。

 近畿では 奈良公園に巨木が群生している場所がある。

 春日大社から高畑へ通じる道が上・中・下の3つ在り、奈良時代には高畑あたりに住む春日大社の神官(禰宜 ネギ)の通い道だったそうだ。その内の「下の禰宜道 シモノネギミチ」は通称「ささやきの小径」とよばれている。

 春日大社参道脇からこの道をゆくと、高畑の志賀直哉旧居あたりに出る。有名なわりには、何度訪れても人影は少なく静かである。

 トンネルのように道に張り出している馬酔木やその他の巨木などが、うっそうと茂る森の中の小径、木洩れ日に足を止めながら歩くと心がやすらぐ。

 だがこの木は有毒で、奈良にこのような馬酔木の原生林が存在しているのは、鹿もそのことを知っているからである。葉や花、枝に「アセボトキシン」という成分が含まれ、人が誤食すると、腹痛、嘔吐、下痢、さらに呼吸麻痺、ケイレン等が起こるかなり強い毒である。牛馬が大量に食べて死んだ例もあるとのこと。

 名の由来も、馬がこれを食べて足がしびれ、酔ったように見えることから「馬酔木」に、あるいは「足しびれ」が「アシビ」に、との説もある。

 万葉の頃は「アシビ」、現代は「アセビ」と呼ばれる。

 方言名も多く「ウマクワズ」「シシクワズ」「ニガキ」等。

 又、昔はこの毒性を利用して殺虫剤としたことから「ウジハライ」「ウシノシラミトリ」などもある。

 さらに花にまつわる名として「コメシバ」「チョウチンバナ」、子どもたちが花をつぶして遊ぶ音から「パチパチバナ」等々。それぞれの名に、名付け人の暮らしが見えて面白い。

 花色は白だが淡紅色のものもあり いずれも美しい。食べない限り接触しても無害である。

 密集した濃い緑の葉は革質で光沢があり、生け花や洋風の盛り花にも使う。

 挿し木で増やすことができ、庭木や生け垣、あるいは盆栽などにしてもよい。日陰にも強く、高木の下木や根じめに用いる。ツツジ科アセビ属の常緑樹で高さは1~3m。病害虫にも強く手入れもあまり必要としない。

 かつてはほとんどが燃料として利用していたそうだが、木肌が美しいため寄木細工や櫛などの小物に使われる。木には少し「捻れ」があり、それを生かして床柱に使うこともあるという。

 このように、花や葉、幹までも美しい「馬酔木」は、毒を有して身を守っているのかもしれない。

 以前、5月頃に奈良の石舞台付近で見かけた時は、新葉が淡紅色で美しく、花も咲いており「白・淡紅・濃い緑」の組合せがとても素晴らしかった。

 だが、「ささやきの小径」に咲く馬酔木の花にはまだ出会っていない。

 夏には強い日差しから守ってくれ、秋にはどの禰宜道であったか、パラパラというドングリの降る音に驚かされ、思わず見上げたり足元を見回したり。鹿がただ一頭だけそれを無心に食べていた。

 春の小径ではどのような風景に出会えるのだろう。