カタクリ(片栗)

会報誌「大阪販売士」第127号(2014.1.1発刊)より転載
2025/2/23:Web掲載にあたり一部改変

花ライフコーディネーター 宮川 直子

「もののふの 八十少女(やそおとめ)らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子(かたかご)花」 (万葉集)

 残雪が消え、ようやく訪れた北国の春。井戸のまわりで水を汲みながら、楽しそうに賑やかにお喋りをする乙女達。「カタクリ」の群落と重ねあわせている。「堅香子の花 」とは「カタクリ」のことである。

 この歌は、大伴家持が越中(富山県)高岡の国府に赴任中の天平勝宝二年(750年)三月に詠んだもの。住いは雪の立山連峰を望むことの出来る地であった。

 カタクリは日本特産で北海道から九州まで分布するが、東北や信越地方・北海道に多い。
大和の人々の目に触れる機会は非常に少なく、万葉集中「カタクリ」を詠んだ歌はこの一首のみである。
近畿圏内では、葛城山系の山頂付近、兵庫県氷上町清住付近に自生している。

 カタクリはユリ科の多年草で、明るい雑木林の林床に群落をつくる。特に「栗林」を好むらしい。従って最大群生地の秋田県仙北市西木町は、栗の名産地でもある。特産の「西明寺栗」は300年程も前から栽培されており、その栗林の手入れがカタクリにも幸いしているようである。

 古名の「かたかご」は「籠状の花を傾けて咲かせるから」といわれる。

又「片栗」の名の由来には諸説あり、栗林を好むから、根の鱗片が栗の片割れに似ているから等など。
別名「カタコ」「カタッコ」「カタコユリ」は、開花株の葉は2枚で、花が付く前の株は1枚の「片葉」であることや、花の形が姫百合に似ていることから。
さらに「カタコ」の「コ」は東北地方で「馬っこ」などと呼ぶのと同様であろうと推測される。

 早春に姿を現し、梅雨前には地下の鱗茎と種子のみを残して姿を隠す。
花は3~5月頃に見られるが、地上に現れる期間が短いため「スプリング・エフェメラル」(春の妖精)と呼ばれる。「エフェメラル」とは「はかない」という意味である。

 15cm位の茎の先に一輪、淡い紅紫色まれに白い花をつける。直径4~5cm、6枚の花びらは開ききると強く反り返り、うつむいて咲く。繁殖はもっぱら種子によるが、花が咲くまでには7~10年もかかるとのこと。
その種子には、アリの好むエライオソームという物質が付いており、運ばれて生育域を広げる。

 一方、鱗茎の方は大きくはなるが、ほとんど増えない。
その鱗茎には40~50%の良質の澱粉が含まれ、昔から料理やお菓子作り、薬用に利用されてきた。
いわゆる「カタクリ粉」だが、現在広く販売されているものはジャガイモの澱粉である。

 本物のカタクリ澱粉は、滋養強壮や胃腸疾患、擦り傷・湿疹に効く。
食用には、鱗茎をカタクリ粉に加工、あるいはそのまま甘煮や味噌煮で。花は椀種や花湯に。若葉はお浸し・和え物、煮つけや卵とじ・汁の実として使う。

 しかしこの花も残念なことに、土地開発や乱獲により激減。葛城山系でも大阪みどりのトラスト協会が保全活動を行っている。
以前、思いがけず「カタクリ」に出会ったのは、4月半ばの高槻花菖蒲園。
樹の下の明るい斜面に花を咲かせていたが、職員により移植されたものだった。小規模の群生だったが大感激した。

 園芸店やネット販売もされており、株を購入して育ててみるのもいいが、葛城山でお目にかかる方がよさそうである。