コブシ(辛夷・拳)

会報誌「大阪販売士」第108号(2007.4.1発刊)より転載
2025/3/8:Web掲載にあたり一部改変

花ライフコーディネーター 宮川 直子

 「コブシ」はふるさと北国の春の風景。3月から5月の山野、高く伸びた枝先に多くの白い花が揺れ、遠目には白雲や煙のようにも見えるそうだ。

「どうしても雪だよ、おっかさん。谷のこっち側だけ白くなっているんだもの。どうしても雪だよ。おっかさん。」すると母親の熊はまだしげしげ見つめていたがやっと言った。「雪でないよ、あすこへだけ降る筈がないんだもの。」・・・しばらくたって子熊が言った。「雪でなけあ霜だねえ。きっとそうだ。」・・・「おかあさまはわかったよ、あれはねえ、ひきざくらの花」

これは宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」の一部。

 熊捕り名人の小十郎が そっと耳にした熊の親子の会話。月光の下、遠くの谷の向こう、銀色に光るものをしげしげと見つめているのに出会う。

 「ひきざくら」は青森、岩手、秋田や静岡県の一部で使われる方言。

 「なめとこ山の熊」のコブシは春の兆しと豊かな自然のめぐみの到来を想わせるが、一方同じ賢治の物語「グスコーブドリの伝記」では二箇所『コブシのまるで咲かない春』がその年の飢饉の前ぶれとしてでてくる。

 他に「種蒔き桜」「田打ち桜」とも呼ばれ暮らしといかに密着していたかがよくわかる。また「白ザクラ」との別名もある。「○○桜」とあるのは、遠い昔は「桜」の仲間とみなされていたのかもしれないとのこと。もともとは「サクラ」の語源のひとつに「群がって咲く」の説がある。「咲く」+「群がって」→「ムラ」→「ラ」が「サクラ」に。

 群がって咲く「コブシ」の花は直径6~10cm、花びらは6枚、芳香のある白い花の基部は少し紅色を帯びる。その花の下に一枚葉をつけているのが特徴で、よく似た仲間との判別ができる。

 薬効もあり「辛夷(シンイ)」」と呼ばれ、葛根(カッコン)や甘草(カンゾウ)、肉桂(ニッケイ)、生姜その他のものと煎服。頭痛、鼻炎、蓄膿症などの改善に利用するとのこと。開花前の毛筆の筆先のような若い蕾を採取し、乾燥させる。

 さらに「コブシハジカミ」との古名は、10月頃、その実がはぜて出てくる赤い種が辛いからの意。「コブシ」の名の由来は膨らんだ蕾が子供の「拳」に、また秋のコブコブの実が赤ん坊の「拳」に似ているからともいわれている。

 多くの別名を持つのは私たち人間との距離が近いせいだろう。

 材は緻密で狂いが少なく、家具、床柱、楽器、彫刻などに使われる。

 庭木としては仲間の「シデコブシ」の方が 樹高が低く扱いやすいのでお薦め。

 コブシは北海道から九州まで自生しているが、関西での自生は少ないためあまり出会わない。

 しかし同じマグノリア(学名)仲間の「白モクレン」や「紫モクレン」「シデコブシ」のほうは公園や街路樹などでよく見かける。同じモクレン科だが「辛夷」は日本原産、「木蓮」の方は中国原産のため日本では自生していない。