イネ(稲)

会報誌「大阪販売士」第94号(2003.11.07発刊)より転載
2025/9/20:Web掲載にあたり一部改変

花ライフコーディネーター 宮川 直子

小学校低学年の頃、二階の物干し場で稲を育てていた。
深いホウロウの容器に 田舎からもらってきた籾(もみ)を蒔き、ミニ水田を作った。
その後、稲刈りをした記憶はないので、きっと途中で枯らしてしまったのだろう。
それが 稲作との唯一の接点である。

最近の関心ごとは「古代米」と「無洗米」。
古代米は「赤や黒、緑」など「有色米」が多い。最近は観賞用としても栽培され 秋には切り花、それ以降はドライフラワーとして出回る。稲穂や稲わらはお正月飾りにも使うが、特に黒稲の穂色が気にいっている。

阪神タイガースが優勝した2003年の秋、岡山県のある水田に阪神タイガースのロゴが現れた。黄色の従来種と黒い古代米で描かれていて、話題になっていた。

古代米は、食用としても栄養価が高く、白米に少し混ぜて炊くとよい。特に赤米はコメのルーツともいわれ、お赤飯の起源になっているようだ。
平城宮跡から出土した木簡には「白米」「赤米」「黒米」の文字が記載されていたと聞く。

万葉集に
「稲搗けば かかる我が手を 今宵もか 殿の若子が 取りて嘆かむ」とあり、当時は籾のまま貯蔵して、一食ごとに臼で搗(つ)いていたと思われる。
この歌の米は 何色だったのだろう。

稲は 約7000年前、インドのアッサム地方や中国の雲南地方で栽培されたといわれ、日本へは縄文時代後期 約2500年あまり前に中国から渡来。以降、文化や経済の発展とのかかわりが深い。
一粒の種籾(たねもみ)が、品種や栽培状況にもよるが1500粒ほどにも育つのだが、受粉時期の8~9月、収穫期の9~10月は台風シーズン。豊作は神に祈るしかなかったのだろう。
そこから田植え祭りや収穫祭が生まれ、やがて日本の芸能へと発展する。

また、「家紋」や神社仏閣の「神文(社文)」、早稲田大学の「校章」や「5円玉の模様」など、身近に「稲」が存在している。

稲から収穫されたお米は、食文化として次々と加工品を考案、暮らしに彩りがそえられてゆく。お酒、味噌、醤油、酢、お菓子。最近では お米アイスや化粧水、台所用洗剤なども登場している。

もうひとつの関心事は「無洗米」で、とぎ洗いせずに炊けるお米のこと。“なんとずぼらな・・・”と思っていたが、とぎ汁がヘドロや赤潮の原因にもなっているそうだ。
洗う手間や節水、栄養やうまみの流出もなく美味しい。災害の備えにもよい。学校・病院の給食、お弁当屋、個人消費へと拡大の傾向にある。いつのまにか、恩恵にあずかっていた。

大きく広がる田や急斜面の棚田は「日本の美しくなつかしい、心の故郷風景」の代表であるが、それだけではなかった。
水田の貯水は、日本各地にある洪水調節専用ダムとともに、山崩れや地滑りを防ぎ、地下水の濾過など山の自然をも守っている。

我々を ソフト、ハードの両面で守ってくれている「稲」に感謝、感謝。

【追記】
♢万葉集の歌:現代語訳
「稲つきをしてあかぎれた手を見て、今夜もお屋敷の若様が嘆くのだろうか」

・「稲搗けば」…稲を棒でつく農作業。もみ殻を取り除く。

・「かがる」…あかぎれ

※:稲を搗くときの労働歌ともいわれている。